福岡地方裁判所飯塚支部 昭和41年(ワ)135号 判決 1969年12月19日
原告
株式会社幸袋工作所
代理人
和智龍一
外一名
被告
永末星之助
外三三名
代理人
角銅立身
外三名
主文
被告長崎一十、同古閑隆、同永田隆義、同平野八千馬、同矢野義光同太田隆、同宮島宏尚、同吉村正、一は別紙物件目録記載の土地上にある天幕小屋並びに立札、旗等(別紙図面参照)を収去して右土地を明渡せ。
第一項記載の被告らを除くその余の被告らは別紙物件目録記載の(一)の土地上にある天幕小屋(別紙図面参照)並びにこれに密着して設置された木カンバン、布立札(別紙図面中E及びF)を収去してその敷地17.50平方米を明渡せ。
原告の第二項記載の被告らに対するその余の請求を棄却する。訴訟費用中、原告と第一項記載の被告らとの間に生じた部分は同被告らの負担とし、原告とその余の被告らとの間に生じた部分はこれを三分しその一を同被告らの負担、その余は原告の負担とする。
事実
第一、原告の求める裁判
一、被告らは原告に対し、別紙物件目録記載の土地上の天幕小屋、立札及び旗を撤去して、同土地を明渡せ。(別紙図面参照)
二、訴訟費用は、被告の連帯負担とする。
との判決ならびに担保を条件とする仮執行の宣言。
第二、被告らの求める裁判
一、本案前の裁判
原告の訴を却下するとの判決。
二、本案についての裁判
(一)原告の請求を棄却する。
(二)訴訟費用は原告の負担とする。
との判決。
第三、<以下省略>
理由
一先ず被告ら主張の本案前の抗弁について判断するに、当事者適格とは、訴訟物たる特定の権利または法律関係について、当事者として訴訟を追行し、裁判による解決を求めることができる資格であると解すべきところ、本件の場合の如きいわゆる給付訴訟においては、当該権利または法律関係について、特に法律で被告となり得る者を限定していない限り、給付請求権を主張する原告より義務者であるとして主張されている者が当然被告となるものとされるのであるから、この点についての被告らの主張は、理由がないといわなければならない。
二次に本件土地の所有、占有関係について判断する。
<証拠>を綜合すれば別紙物件目録記載の(一)および(二)の土地は原告の所有であり、同目録記載の(三)の土地は原告が、数十年来門司鉄道管理局長の承認を得て使用料を支払つて日本国有鉄道から借り受けているものであること、および原告会社は、本件各土地を国鉄幸袋線より引かれた会社専用引込線からの原材料の荷下しないしその一時の保管場所として利用し、或は会社構内に差支えある場合の予備の駐車場、会社の従業員が会社構内に出入する通路などに使用して占有している事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
三ところで、被告らが、昭和四一年九月一六日頃、本件土地上に、天幕を張り、立札、赤旗などを立て、爾来該土地を占有している事実は、当事者間に争いがない。
しかしながら被告らは、審理の最終段階たる昭和四四年九月五日午前一〇時の第一七回本件口頭弁論期日において本案前の抗弁として、天幕、立札、旗などを設置したのは全国金属労働組合福岡地方本部幸袋工作支部である旨主張し、右主張が本案前の抗弁としては理由がないことについてはすでに判断したとおりであるが、被告らはこれより先き昭和四一年一一月二八日午後一時の本件第二回口頭弁論期日において陳述した答弁書により、被告らが本件の天幕小屋等を設置し、本件土地を占有している事実を認めると述べているので、右本案前の抗弁の内容とされている主張と本案における右答弁との関係如何について検討する必要がある。
右主張が、被告らは全く天幕小屋等を設置したことがないという趣旨であるならば、先に答弁書でなした被告らが天幕小屋等を設置し本件土地を占有している事実を認める旨の自白を撤回することに外ならない。しかして原告が右の自白の撤回に異議のあることは、本案前の抗弁について争つていることおよび弁論の全趣旨によつて明らかであるから被告らは先になした自白が真実に反し、且つ錯誤によりなされたものであることを立証しなければならない。また右主張が事実行為をなしたのは被告らであるが、それは組合の機関もしくはその補助者としてなしたものに過ぎず、先の自白はこの事実行為をなしたことを認める趣旨であるとすれば、右主張は抗弁としての性質を有するものであると解すべきである。従つていずれにしても被告らにおいて本件天幕小屋等の設置が組合としてなしたものである旨立証する責任があるといわなければならない。
四そこで進んで右主張事実の存否につき判断する。
<証拠>を綜合すれば、原告会社は昭和四一年八月二二日当時被告らを含む同会社の従業員らの内の多数が所属していた全国金属労働組合福岡地方本部幸袋工作支部(以下単に組合支部という)に対しいわゆる企業再建のために人員削減が必要であるとして希望退職者を募ることを提案したが、組合支部がこれに応じなかつたため同年九月一二日付で被告らのうち被告中井、同門司を除く被告永末ら三二名を含む計四九名を指名解雇にし、以後これらの者らが就労するのを拒絶した。このような原告会社の措置に対抗して組合支部は同月一二日より一五日までストライキを行つたが、それ以後は指名解雇された者を除いて就労することとなつた。一方被告らは原告会社に無断で同月一六日頃に原告会社正門外側横の地上に縦3.5メートル、横5.0メートルの範囲にわたつて天幕を張り、本件土地上に立札八本、赤旗約三〇本を立て(その位置関係は別紙図面参照、なお右図面中Eの木カンバン、Fの布立札各一個は天幕小屋の西側にこれと密着して設置されている)た上右天幕小屋に寝泊りし、或はこれを集合場所として利用し、さらには同所を拠点として会社の構内にデモ又はビラの配布などをしていたが、申請人原告会社、被申請人被告らを含めて四九名間の当庁昭和四一年(ヨ)第四一号事件の立入禁止仮処分申請事件につき同年九月二六日発せられた仮処分決定により、原告会社構内に立入りを禁止されるにいたつた。ところで組合支部は同月一九日支部臨時大会を開き、「長期路線で闘いいわゆる局地戦から地方本部を舞台に統一闘争に拡げる」との方針を定め人員整理に対してはあくまでも反対する方針をとつていたが、そのうちに職長などを中心とした組合員の中から条件闘争へ方針を切り換えようとする動きも生じて来たので、同年一〇月一一日から一二日にかけて、全国金属労働組合福岡地方本部の指示にもとづき組合員全員を対象に再登録を実施したところ、再登録に応じた組合員は被告らを含めて三十数名に過ぎず、その他の者は再登録に応じなかつたことから自動的に組合を脱退したことになり、脱退した組合員らは幸袋工作所従業員組合(以下従業員労組という)を結成した。その後は従業員労組の組合員および被告らを除いた支部組合員らは会社に就労しているが、被告らは、会社から就労を拒絶されている上、当庁昭和四一年(ヨ)第四一号事件の仮処分決定により構内に立ち入りできないため会社に就労できないままであり、その内には組合を脱退した者もあることが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。耐して被告らの内の大部分(その氏名は後段において明かとなる)が、原告会社の解雇の効力を争い、地位保全の仮処分を申請し、当庁昭和四二年(ヨ)第二一号地位保全仮処分申請事件として現に当庁に係属し弁論が開かれて審理中であることは当裁判所に顕著な事実である。
右事実によれば、本件天幕小屋等が原告会社の解雇処分を争う組合ないし被告らの拠点となつていることが窺われるけれども、これをもつて直ちに本件天幕等を設置したのが、組合であることを推認することはできず、本件において天幕小屋、立札、旗などを設置したのは組合とは別に被告らが独自の立場でなしたものと認めるのが相当である。したがつてこの点についての被告らの主張は理由がない。
五次に原告の本件天幕小屋等の収去、土地の明渡請求が権利の濫用であると見るべきか否かについて判断する、
(一) まず被告らの地位につき考えるに、被告らの全員が全国金属労働組合福岡地方本部幸袋工作支部の組合員であることを認めるに足る証拠はないのみならず、右工作支部が組合としての意思決定に基づいて本件において見られる天幕等の設置の行動に出たものと認めることのできないことは前段認定の通りである。然しながら被告らの内、被告門司、同中井の両名を除くその余の被告らは何れも昭和四一年九月中に原告会社から企業整備のため指名解雇されたものであることは前段認定の通りであり、<証拠>によれば、右門司、中井の両名はこれより先き昭和四〇年六月二三日原告会社から懲戒解雇されたものであることが認められるところ、被告らのうち被告長崎一十、同古閑隆、同永田隆義、同平野八千馬の四名は前記昭和四二年(ヨ)第二一号地位保全仮処分申請事件の申請人中に加わつていないこと、被告矢野義光、同太田隆、同宮島宏尚、同吉村正一以上の四名は当初右事件の申請人中に加わつていたがその後右申請を取下げたことは当裁判所に顕著な事実であり、以上の被告らが解雇の効力を争つてその余の被告らとともに団結して原告会社に対し何らかの行動に出ている事実を認めるに足る証拠はない。次に<証拠>によれば、被告中井、同門司の両名は原告会社によつてなされた前記懲戒解雇処分の効力を争つて、当庁に地位保全の仮処分を申請し、当庁昭和四〇年(ヨ)第三二号事件として係属したところ審理の結果昭和四二年二月一三日申請却下の判決が言渡されたが、右両名が控訴の申立をなし、現に上訴審において争われていることは弁論の全趣旨によりこれを窺い知ることができる。かくて被告らのうち地位保全仮処分の申請をしなかつた被告長崎、同古閑、同永田、同平野並びに仮処分申請をしたがその後これを取下げた被告矢野、同太田、同宮島、同吉村以上八名(以下被告長崎らと略称する)を除く被告永末ら二六名(以下被告永末らと略称する)は以上の各解雇処分の違法不当であることを主張し、右主張を貫徹するため現に一時的に団結しいわゆる争議団として行動しているものであることは前段認定の諸事実並びに弁論の全趣旨からこれを認めることができる。而してかかる被解雇者の集団ないし争議団もまた団体交渉権をもち、これに伴つて争議権をもつものというべきであり、かくて原告会社と、被解雇者の集団としての被告永末らとは、現に広い意味において争議状態にあるものと解するのが相当である。もつともすでに認定したところから明かな通り、被告永末らは、右解雇に伴つて会社構内への立入を禁止され、原告会社事業場から排除されていわば使用者からロックアウトされたのと等しい状態におかれているのであるから、その限りにおいてこれに許容される争議手段もまた一定の制限のもとにおいてのみ認めらるべきではあるが、かかる限度を超えない限り正当な争議行為として許されることはいうまでもない。
(二) 以上のような地位にある被解雇者の集団としての被告永末らの天幕小屋等設置の所為が労働権の行使として許されるべきか否かについて以下検討しなければならない。
憲法第二八条は勤労者の団結権、団体交渉権、団体行動権などのいわゆる労働基本権を保障しているが、他方憲法第二九条においては財産権をもこれと対等に保障しているのであるから、勤労者の労働基本権といえども無制限に行使することを許されるべきではなく、その行使は使用者の財産権との調和のとれた範囲内に止まることが要請されるべきであり、その限界は個々の事案により具体的状況に応じてこれを決定する外はないが、本件についていえば、原告会社と被告永末らが所属していた組合との労使関係、被告永末らがこのような手段をとるに至つた経緯、目的ないし必要性、従来の慣行、相互の主張を認めた場合双方が被る損害の種類、程度等の諸事情を綜合考慮して判断しなければならないものというべきである。
(二) 被告永末らが本件天幕小屋などを設置するにいたつた経緯についてはすでに四項において認定したとおりであるが、なお同被告らは、その背後に原告会社が被告らの所属する組合の組織破壊を目的として、昭和四〇年中に組合活動家被告門司、同中井の二名を解雇したのに始まり、同年の組合役員選挙に干渉したり、昭和四一年中には同被告らを含む四九名を指名解雇にするなどの数々の不当労働行為をなした旨主張する。しかしながら<証拠判断省略>同被告ら挙示のその他のすべての証拠によつても被告らの主張を肯認できない。然しこの点については現に地位保全仮処分申請事件として現に上訴審において審理中であることは前段において認定した通りでありその結果如何は今ここで断定の限りでない。また昭和四一年中の解雇については本件に顕れたすべての証拠によつても、いまだもつて同被告らの主張を肯認し難いところであり、なお右解雇の効力如何については、現在当庁昭和四二年(ヨ)第二一号地位保全等仮処分申請事件において現に公判審理が進められているのであつて、その帰趨は今にわかに予断を許し難い状況にあるのである。而して以上の如き状況のもとにおいて、同被告らによる天幕等の設置の行為が労働基本権の行使として許されるべきか否かということが、まさに本件に於て問われている問題点であるといわなければならない。
(四) 次に同被告らが本件土地上に天幕小屋等を設置している状況はすでに認定した通りであつて、その設置場所は原告会社の事業場正門横の構外であるがその利用状況等について見るに、<証拠>を綜合すれば、同被告らは右天幕小屋設置当初は同所で集会を開いたり寝泊りなどをしていたが、最近は前記仮処分申請事件および本件について公判が開かれるに際して地方本部役員の受け入れ場所として使用し、その他、月に二、三回短期間新聞を置くか或は掃除をするために出入する程度にしか利用されていないことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。しかして右の天幕小屋等の設置の目的については、<証拠>によれば本件天幕小屋等は外部に対しては前記事件の内容を明らかにしてアッピールすること、就労中の組合員に対しては同被告らが一致団結して原告会社の処分に対抗していることを示して激励することおよび会社に対する示威にあることが認められる。この点について原告は単にいやがらせの目的に過ぎない旨主張するが<証拠判断看略>。
(五) 次に、<証拠>によれば、原告会社は被告らの天幕小屋設置によりその土地部分を使用することができなくなつたのみでなく、天幕小屋が設置されたことにより、従来会社正門前の本件土地においてなしていた荷おろしができなくなつたため一旦国鉄幸袋駅構内で荷下ろしをなした上でこれを構内に運搬することを余儀なくされその結果毎月二万円程度の支出増となつたこと、予備の駐車場として使用することができなくなつたことおよび会社に出入りする車、特に大型車の円滑な出入りが阻害されるなど会社所有の土地を自由に使用できなくなつた事実が認められ、証<拠判断省略>。被告永末らは(イ)わが国の労働組合の紛争時においてかつて他の組合によつて半永久的なピケ小屋が設けられた例もあり、(ロ)さらに昭和三五年中に本件組合支部がストライキを行なつた際にも、天幕、赤旗等を設置したことがある旨主張し、<証拠判断省略>他にかかる事例があるということは判断の一つの資料にはなるけれども具体的事情を異にする本件の場合において右事実は必ずしもその正当性を根拠づける理由とはなし難い。また<証拠>によれば、右(ロ)の主張事実を認めることができるけれども、そのような方法が会社に対する争議手段として慣例化しているとはいえず、前掲各証拠によれば当時においては、組合員全員がストライキを行つていた状況においてなされたものと認められるから、大部分の従業員が就業している本件の場合においても当然同じ争議手段が許されるものということはできない。
(六) してみると被告らの天幕小屋設置の行為は目的においては正当であるが、その手段はかなり永続的な物理的設備を用いて当該部分について排他的占有をなしているのみならず、本件土地の全般にわたつて自由な使用に障害を来し原告に現実的な損害を与えているのでありその手段および相手方に与える損害と、現在の被告永末らの利用状況および諸般の事情に照してみるとき、争議行為としては許される限界を超えているものといわざるを得えない。しかしながら立札、赤旗等については、その設置場所はすでに認定した通り原告会社事業場正門外側一帯であるが以上の事実をもつて直ちに原告会社の本件土地の利用に障害を及ぼすものであることは認められない。原告会社は被告永末らが立札、旗等を立てていることにより、会社の体面体裁が著しく傷つけられると同時に、会社に出入りする得意先、商社その他の人々に強い悪印象と不安感を与え、営業活動の面に多大な支障を来たしていると主張し、右趣旨に副う証人尾上昌の証言があるけれども、会社の体面体裁というものはそれ自体極めて主観的な事項に属する上、被告永末らと原告会社とはすでに認定した通りの争議状態にあるのであるから、前認定の程度の立札、赤旗(天幕小屋に密着して設置されている前記E及びFを除く)などは、被告永末らの争議行為の手段として即ち原告会社並びにその従業員ないし地域住民に対するアッピールないし説得の手段としては最少限その必要性があるというべきのみならず、原告会社が右立札、赤旗などによつてその土地の使用を実質的には殆んど妨げられていないことを考え併せると、被告らが赤旗等をたてる行為はなお正当な争議行為の範囲内にあるものと見るべきであつて仮に原告会社がこれによつて営業活動上の損失を被つたとしてもかかる結果は正当な争議手段から生じたものとして原告においてこれを受忍する義務があるといわなければならない
然らば原告が被告永末らに対し立札、旗等(前記E及びFを除く)の収去とこれらの物件の設置された土地の明渡を請求することは権利の濫用であつて許されるべきではないというべきである。
(七) 被告らの権利濫用の主張は、被告長崎らに関する限りは、その理由のないものであることは、すでに認定したところから明らかであるところ、被告長崎らは本件土地を占有するにつき他に原告に対抗し得べき権原を有することを主張立証しないところである。
(八) よつて被告長崎らは原告に対し別紙物件目録記載の土地上にある天幕小屋、立札、旗等を収去して右土地を明渡すべく、被告永末らは原告に対し右天幕小屋及びこれに密着して設置されている木カンバン、立札(別紙図面中のE及びF)を収去してその敷地17.5平方メートルを明渡すべき義務がある。
六以上の次第であるから、原告の本訴請求中被告長崎らに対するすべての請求並びに被告永末らに対する請求中天幕小屋及びこれに密着して設置されている立札等を収去してその敷地の明渡を求める部分は何れも理由のあるものとしてこれを認容すべきであるが、被告永末らに対するその余の請求は理由がないからこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条本文第九三条第一項本文を適用し、なお仮執行の宣言を付するのは相当でないからこれを付しないこととして、主文のとおり判決する。(川淵幸雄 工藤雅史 前川豪志)